「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第126話
最終章 強さなんて意味ないよ編
<これもダメなの!?>
取り合えず果物に関しては保留と言う事で、次の商品をプレゼンする。
「では次にこれを」
「これは・・・パンですか?」
そう、これはこのボウドアの村で作った小麦粉を使って作られたパンなんだけど、ただ普通にこの世界で流通しているものとはちょっと違うのよね。
「しかしこのパン、やけに白いですね。と言う事は麦を粉にする前に一粒一粒丁寧に選定して発育が悪いものや不純物を取り除いたという事でしょうか?」
「いやそれだけではないぞアンドレアス。これだけ白いパンを作るとしたら小麦を突いて粉砕するだけでなく、さらに石臼でひいて細かくする必要がある。帝城で開かれるパーティーに出た事があるが、そこで出されたパンはこのように丁寧に処理がされた粉を使って作られておった。しかしアルフィン様、これ程の手間をかけた物を店頭に並べるとなると、かなりの労働力が必要となると思うのですが?」
おお、さすが小麦を税として扱っている領の領主とその部下だけあって、このパンの特異性がよく解ってるわね。
「良くご存知ですね。確かにこのパンに使用した小麦粉は細かくなるまで製粉したものを使用しています。ただ多くの労働力がいるかとどうかと問われれば、実はそんな事はないのですよ。ちょっとした道具を使用して作られているので」
「道具、ですか?」
この世界は魔法があるからなのかあまり化学が発展していないのよね。
これは機械を開発するよりも魔法のほうが遥かに利便性が高いからなんだろうけど、すべての人が魔法を使えるわけじゃないんだから、普通の村で使うというのなら簡単な道具を作って作業させた方が効率がよかったりする。
その道具に最適なものをつい最近見つけたものだから、あやめとあいしゃに頼んで作ってもらったのよね。
そしてためしに昨日、ボウドアの村長に頼んで力のない老人を一人紹介してもらって、その道具を使って小麦粉を挽いて貰ったってわけ。
それで今、私たちの目の前にあるパンがその小麦粉で作ったものだったりする。
「ええ。先ほどカロッサさんが仰られた通り、この小麦は一度細かく粉砕したものを最終的に石臼で引いて細かくしたものを使っているのですが、そのどちらの行程も人の手では無く道具を使って、それも1人の老人の手によって行われました。確かに小麦に混ざった不純物や生育の悪いものを取り除くには人手が要りますが、その程度の作業なら子供たちでもできるので人手を増やさなければいけないと言うほどの事でもないですし、年老いてもう農作業を引退している人はエントにも居るでしょうから、もしあちらでもこの製粉作業をするというのならその人たちに担ってもらえば何の問題も無いと思いますよ」
「なんと!}
製粉作業の大変さを知っているからであろう、カロッサさんたちの驚きは大変なものだった。
実際普通にこのレベルの小麦粉を作ろうと思ったら、水でふやけさせた小麦を突いて荒く砕いた後、石臼で丹念に引かなければできないものね。
その上小麦粉を細かくする石臼は大きく、回すだけでもかなり力が要るから普通は若い男の人が担う作業ですもの、それを老人1人がやったと聞かされれば驚くのも無理はないでしょうね。
「それでアルフィン姫様、その道具とやらはどのようなものなのでしょう? アルフィン姫様が所有する強力なマジックアイテムを使用していると思われるのですが、そのような貴重なものを村人に貸し与えて下さっても宜しいのでしょうか?」
「ああ、そんな心配は無用ですわ。マジックアイテムは確かに使用していますが、それ程強力なものでも高価なものではありません。イーノックカウで見つけた、ただ回転をするだけのどこにでもあるマジックアイテムを動力として使用しているだけですから」
このマジックアイテムを中古品を扱う露天市で見つけた時は驚いたのよね。
だって使い道が殆どないからって二束三文で売られていたんですもの。
そのマジックアイテムを売っていた人に聞いたところ、これも前に聞いた口だけの賢者が発案したものらしくて、どうやら彼はこれを発動機として使いたかったみたいなのよ。
でも彼は動力が回転から生み出されることは知っていたみたいだけど回転速度や回転の方向を変える方法が解らず、さらにそこからどう発展させればいいかを誰も思いつかなかったから、ただ一方向に回り続けるだけのものが残ったんだってさ。
それでもつい最近までは一応低い所から高い所へ物を持ち上げるのに使われてはいたらしいんだけど、巻き上げたロープをわざわざとかないと再度使えないという不便さがあり、1位階魔法であるフローティングボードが開発されてからは低位のマジックキャスターがその役目を担うようになってお役ごめん、市場に安く大量に出回ったってわけなのよ。
まぁ口だけの賢者に関しては私が元居た世界では小学校くらいしか行ってない人もたくさんいたらしいし、技術職にでもついていなければクランクやギアの仕組みなんて知らないだろうから仕方ないとして、もしこの世界にも普通に科学と言うものが広まっていたらこのマジックアイテムは産業革命に繋がりかねないほどのすごいものなんだよなぁ。
でも誰もその有用性に気がつかなかったおかげで、私はそれを享受できるという訳だ。
「回転、ですか?」
「ええ。私の国では回転の力を色々な物に利用する技術があるのです。ですからこのマジックアイテムを使えばスイッチ一つで小麦をついて粉砕する事も、その粉砕されたものを石臼で更に細かくする事もできるのです」
まさにどやぁぁぁってな感じで、私は小さく胸を張る。
このマジックアイテム、売られていた分を全て買い上げたから他にも色々作れそうなのよね。
こっそりボウドアとエントの村を機械化して、他の場所より有利にしちゃおうかしらなんて事まで考えてる。
実際これがあれば小型の手押し式耕運機とかも作れそうだし、やろうと思えばねじ式フリクションプレスとか木工旋盤まで作れるから農作業だけにこだわる必要まで無くなるのよねぇ。
夢が広がるわぁ。
「なるほど、そのような道具があるのであれば小麦を粉にするのも簡単でしょう。なるほど、だからこそのこの白く柔らかいパンと言う訳ですか」
カロッサさんは私の説明を聞いて納得し、嬉しそうに頷いていた。
ただ、このパンのいい所はそれだけじゃないの。
ここで使われた小麦はパンに合うようタンパク質含有量が多くなるように品種改良したものを使用してるからパンのきめが細かく、風味もやわらかさもこの世界のパンに比べたら段違いなのよね。
その上、実はこの小麦、少量ではあるけれどボウドアの村の人たちに自分たちの畑で育ててもらった初めての収穫物だったりする。
そしてこの村の普通の人でも無事育てられる事が確認できたと言う事で、今現在畑にまかれるパン用の小麦の種は全てこの品種にすでに変更されているんだ。
と言う訳でこれは私たちの館で試作した先ほどのフルーツとは違って、正真正銘ボウドアの村産のもので作った新名物と言っていいものなのよ。
「このパンは実は売り物ではありません。ボウドアの村の小麦粉を使えばこんなパンが焼けますよと言う宣材、要は試食品です。ですから、実際に店頭で売るのはこの小麦粉の方なのです。試食品ならパン釜などを増設しなくても、普通の調理場で作る程度で問題ないですからね」
「おお、確かにそれならば何も問題はないでしょうな」
「しかしアルフィン姫様、此方の商品もある程度の値をつけなければ大変な事になってしまいませんか?」
へっ、どうして? 確かに品種改良はされてるけど、これは言ってみればただの小麦粉だよ?
そう思って聞いてみたところ。
「先ほども子爵が仰られましたとおり、この様な高品質の小麦粉は帝城のパーティーなどでしか使われて居りません。ですから、安価でこの様なものを売り出したりしては、イーノックカウの市場が混乱してしまうのではないでしょうか?」
「あっ!?」
そこまで考えてなかった・・・。
単純にいい物を作って売ればそれでいいと思ってただけに、世の中ままならないものである。
結局この小麦粉は私たちの店では売らず、村の特産品として商業ギルドにおろすことになってしまった。
ボウドアの村はこれで少し裕福になるだろうけど、同時に私は店の目玉商品を一つ失う事になってしまったってわけだ。
うう、もうこうなったら次よ次! 本当は店が軌道に乗ってから徐々に出すつもりだったけど売るものがないのだから仕方がない。
私は取って置きの商品であるお酒を、オープン時から投入する事にした。
でも流石に今日はカロッサさんたちに見せるつもりが無かったから用意してないのよね。
と言う訳で、扉横で待機しているヨウコに声をかけた。
「ヨウコ、館裏に行ってリーフに工場から今出せるものをビンにつめて持ってくるようにと伝えて」
「畏まりました、アルフィン様」
ヨウコはそう言って一礼した後、客であるカロッサさんたちにも頭を下げてから退出して行った。
たぶんビールくらいしか出せないとは思うけど、ここは仕方がないよね。
ああ本当なら他の種類もあわせて、きちっと売る体勢を整えてから出したかったんだけどなぁ。
そんなことを考えながらがっくりしていると、カロッサさんが私に問い掛けてきた。
「あの、アルフィン様。一体何が出てくるのでしょうか? ビンにつめてと仰られておりましたが・・・はっ、まさかこの村で酒造を!?」
「えっ? ええ、まだ初期段階でお恥ずかしいのですが、色々なお酒の製造を始めております。ただ、まだ始めたばかりで殆どの者が熟成が足りず商品にできる段階になっておりませんの。ですから店を開いた時点ではまだ置くつもりはなかったのですが・・・」
そんな事を言っても、売る物がないのだからどうしようもない。
苦渋の選択だけど、ある程度店の体裁は整えないといけないもの、仕方がないよね。
「なんと! イングウェンザーの酒が、ついに売り出されるのですね。おおこれは喜ばしい」
ああ、そんなに期待されてもなぁ。
せめてワインが出せればいいんだけど、リーフは後数年は待って欲しいと言っていたし、ウィスキーもそうだろう。
それに日本酒や焼酎に関してはまったくの新しいお酒だから、呑み方を知らないこの世界の人たちに受けるかどうか解らないもの、いきなり店頭で売るなんて怖い事はできないのよね。
だからこそ売り出せるのはたぶんビールのみ、そしてそのビールにしても本当なら買ったその日は冷えたものを飲める容器を作ってから売り出したかったのに、その試作にも入っていない状態で売り出さないといけないなんて。
酒好きとしては、まさに苦渋の選択だ。
いっその事、城で作っているワインとかも売っちゃおうかしら? でもなぁ、あっちのは本当に高品質だから店頭に並べても普通の人は買えないくらいの値段にしないと釣り合いが取れないだろうし・・・。
そんなことを考えながら待つこと20分ほど。
コンコンコンコン
ノックの音と共に、ヨウコがリーフを伴って帰って来た。
「大変お待たせして申し訳ありません。準備に手間取ってしまいまして」
そう言ったリーフはワゴンを押していて、そこには数本のビンが並んでいた。
そしてその横にいるヨウコも何故かワゴンを押していて、その上には複数の小さなクローシュ(料理の上にかぶせる、お碗型の蓋の事ね)が並んでいる。
と言う事はお酒だけじゃなく、それに合うおつまみも持ってきたってことかしら?
「アルフィン様、お出ししても宜しいでしょうか?」
「ええ、お願いするわ」
私がクローシュの下には何があるんだろう? って気になってる事に気付かず、リーフがそう言ってきたので私はそう許可を出した。
すると彼女は一礼して最初のビンを開け、人数分のグラスに注ぎ始める。
グラスに注がれたのは白く泡立つ金色のお酒、エールかラガーかは解らないけど間違いなくビールだ。
そしてそれを確認したヨウコが最初のクローシュを開けると、その下からは薄切りされたチーズとクラッカーが出てきた。
なるほど、確かにチーズクラッカーならあまり味もきつくないし、お酒の味を見るにはぴったりのアテよね。
それを人数分の小皿に分け、この館付きのメイドたちが各人の前に並べて行く。
ただ、まるんの前にだけはビールではなく果実水が置かれたけどね。
一応彼女もお酒を飲める年齢ではあるんだけど、外見上どう見ても10歳くらいの子供だから、ここは遠慮してもらう。
そして全員にいきわたった所で、リーフが口を開いた。
「まずはビールです。ボウドアの工房では帝国で広く飲まれているエールも製造していますが、今回はラガーをお持ちしました。チーズクラッカーと共にお召し上がりください」
その一言と共に、全員が口をつけたんだけど・・・。
「なっ!? アルフィン様、これは!?」
カロッサさんとリュハネンさんに物凄く驚かれてしまった。
ただ、その驚きは私の期待するものじゃなかったのよね。
2人ともラガーは前に飲ませた事があるから、今日改めて飲んだからと言って当然こんな反応はしない。
では何にこれほど驚いたかと言うと。
「これはまた。単純そうなものですが、この軽くて香ばしい口当たりがなんとも。特にチーズとの組み合わせがたまりません」
そう、彼らが驚いたのはクラッカーだった。
なんとこの世界にはクラッカーと言うお菓子がなかったみたいで、物凄く驚かれたのよね。
「えっと、クラッカーと言うお菓子の一種なのですが、この様なものは帝国にはないのですか?」
「ほう、お菓子ですか。帝国ではお菓子と言うものは甘いものしか見かけませんから、この様な香ばしさを前面に押し出した軽い塩味のものはパーティーなどでも見たことがありませんな」
「子爵が言う通り、この様なものは街中でも見かけた事はありませんね。チーズにしてもハムと一緒に食べたりパンにのせて食べる事はありますが、このように薄い焼き菓子に乗せて食べると言うのは初めてです」
そう言えばこの世界のお菓子ってみんな物凄く甘かったっけ。
それに小麦は芋に比べて高いから、わざわざこんな薄焼きのお菓子なんか作らずに普通は食べ応えのあるパンやスコーンにしてしまうだろうから戦地へ携帯食で持っていくとかでもなければ作られる事はないかも。
それにクラッカーって見た目はかなり貧相だから、パーティーとかに出したとしても誰も見向きもしなさそうだからなぁ。
小麦をメインで食べているのは裕福層なんだろうから、誰も作ろうとさえ考え無かったとしても驚く様な事じゃないのかも。
「これはどのように作られているのでしょうか?」
余程気に入ったのか、リュハネンさんがヨウコに直接そう質問した。
まぁ私に聞かれても困るし、料理などするはずのない一国の女王が知っているとは誰も考えないだろうから妥当な選択だろう。
そしてその質問に、ヨウコはしっかりと答えてくれた。
「小麦粉に少量の塩とオリーブオイル、そして水と胡椒などのスパイスを入れてよくこねます。そしてそれを均等になるよう1ミリほどの厚さに伸ばしたらフォークで穴を開け、ごらんのような大きさに切ったものをオーブンで焼けば出来上がります」
「なるほど、こんな薄いものにオイルや胡椒まで使われているのですか。美味しい訳だ」
「因みに今回はラガービールの味を損なわないよう、この様なレシピで作られましたが、値段の高い胡椒は入れず、変わりに粉チーズやハーブを入れる場合もございます」
「なんと、そのような作り方もあるのか」
これにはカロッサさんも感心仕切りだった。
因みに私もクラッカーはよく食べるけど、作り方なんて知らなかったから一緒になって感心していたりする。
と、その時だ。
「ねぇアルフィン。これ安いし、ハーブクラッカーならボウドアの作物だけで作れるからお店で売ってもいいんじゃない?」
ビールと一緒にチーズクラッカーを楽しんでいたシャイナがそんな事を言い出したのよね。
それを聞いた私は、
「う〜ん、流石にこんな地味なのは売れないんじゃないかなぁ。それにボウドアでは牛とかの家畜をまだ飼育してないからチーズも作れないでしょ? だからチーズクラッカーとして売り出すこともできないし」
なんて返事をしたんだけど、リュハネンさんは違う考えのようだったのよね。
「いえ、アルフィン様。確かにこのクラッカーだけでは弱いでしょうけど、このチーズを乗せて食べると言うのは売りになると思います。別にアルフィン様のお店で完結されなくてもイーノックカウには色々なお店がありますから、他の店の商品にあわせる一品として置いてみるのもいいのではないでしょうか?」
この一言が決めてとなり、クラッカーがイーノックカウの店に並ぶことが決定した。
世の中、何が幸いするか解らないものだね。
まさか当初売るつもりだったビールではなくアテで出てきたクラッカーがここまで受けるとは思わず、嬉しい誤算に心の中で1人にんまりするアルフィンだった。
あとがきのような、言い訳のようなもの
この世界の戦争って大部隊で移動して、両陣営がそろってから始めるっていうのんびりした物みたいだから色々な場所を転戦するって感じじゃない上に、両陣営とも普通に食事を作って食べてそうだからクラッカーのような小麦粉を使った携帯食なんて持ち運びそうにないですよね。
だからこんな物がいきなりで出てきたら、そりゃ驚くでしょ。
それに移動が多い冒険者でさえ燻製肉で作ったシチューと固焼きのパンを野営時に食べてるくらいだから、この手の携帯食自体それほど多くの種類は作られていないでしょうね
前話の125話なのですが、居ないはずのギャリソンの描写があったのでメルヴァに修正して置きました。
それ以外はほとんど変更はありません。